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◆キャメルンからの手紙 第19話◆
文章・イラスト:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

時薬の力を信じて

「どんな辛い事でも時が過ぎれば必ず薄らいでいくものです。“時ぐすり”という薬が治してくれますよ。どうか、どうか乗り越えて下さい。出会いがあれば別れもあり、友は通りすぎるものといいます。約束して下さいね。無理してでも食べてください。なんでもいいから食べてください」。

今、人生最大の危機の中でうめいている私にくれたAさんの手紙だ。なんでもいいから食べて下さいなんて、ママみたいだ。時薬…、なんて素敵な言葉でしょう。なんて優しく心にしみる言葉でしょう。そうだよね、いつかこの今の引き裂かれるような胸の痛みも思い出に変わる。生きていれば、生きていれば、1日1日をヒーヒー言いつつも過ごしていけばやがて全ては過去になるのだ。ずっと続く悲しみなんてない。変わらぬように思えても紙一枚づつ薄れていくはず。目を閉じて。きのうより少し深く息を吸う。明けない夜はないとつぶやきながら。ピンチはチャンスとつぶやきながら。1つの扉が閉まった時は必ず新しい扉が開く…冬来れば春遠からじ…。必要なことしか起きない…。

今迄私自身が自らの著書や講演で話してきた言葉を自分自身に言いきかせる。ここで人間不信になったり鬱になったりしたら私はエラソーな事を口先で話していた事になるのだ。いやだ。そんな自分にはなりたくない。

小さい頃からずっと心にある想いがある。「何か大きな力が自分を守ってくれている…」その想いは消えずに今も私の中に在る。「それは御両親が心から愛して育ててくれたおかげですね」と昨日ラジオの中で私がその話をしたらアナウンサーがそう言ってくれた。きっとそうだと思う。でもそれだけではない人を超えたもっと大きな宇宙の力みたいなもの…、そういう力が自分を見守ってくれる事を私はいつも感じていた。どんなにへこんでいる時も。泣きくずれている時も。その想いは消えることなく闇を照らす灯のように私を暖めてくれていた。その光に導かれて私は今日まで生きてきた。人によって傷つけられ人によって救われながら。人は怖いと思いつつ支えてくれる仲間の優しさに涙する。結局人は人の中で生きていくしかないのだ。

今回の事で何が一番辛いかって、娘にもその影響がいく事だった。娘の前で元気なママを演じつつ子供を守る難しさを知る。日常は無常に過ぎてゆく。やらなくてはならない事がたくさんある。PTA会長、執筆、打ち合わせ、ラジオ収録、そして家事。習い事の送り迎え。生きていくってこんなに大変だ。泣いてるヒマもない。でもこうしてコラム書く時間を持てるのも娘を遊ばせてくれる友人達のおかげだ。神様は空の上でなくこの友人たちこそ今の私には神様にみえる。大丈夫。こうして1日ずつ過ごしていけばいつか暗いトンネルも終わる。いずれ全てが思い出になる。時薬が効いて、あんなことがあったねと笑える私にいつか会える。明日はいつも新しく私を迎えてくれるだろう。

キャメルンからの手紙

◆キャメルンからの手紙 第18話◆

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

落ち込んだ講演の後で

ある小学校で高学年を対象に私の本の朗読と講演を行い、自己表現の大切さを語った。その後で1人1人に好きな食べ物を聞いてみたが誰も答えられない。座右の銘などという難しい質問ではない。

「単純なこの問いにも人前だからといって答えられないと、これから生きていく上で言うべき大切な事も言えない大人になっちゃうと思わない?どんな答えでも正しいし堂々と答えればそれが自信になると思うよ。」と、もう一度聞いてみたが皆下を向いてしまうので、今迄になく反応のなかった事に私はすっかりへこんで帰宅した。
全力で彼らの背中を押しつつ、追い込みすぎぬ様に言葉を選んで話したのに彼らの心には届かなかったのだ…。

けれど数日後、生徒達から届いた感想文に私は目を丸くした。
そこにはラーメンとかいちごとか彼らの好きな食べ物がぎっしり書かれていて「あの時、人目を気にして答えられなかった自分がとても悔しい。これからはファティマさんの様に思った事を堂々と言える人になりたい」と、ほとんどの子が熱い内容の手紙を書いてくれていた。泣けた。うれしかった。
彼らはちゃんと私の言葉を受け止め、あの後、消化してくれたのだ。
悔しい思いをした分この気づきは、より深く彼らの中で大きな学びとしてこれからの人生を支えていくと思えた。あの時スラスラと答えられなかったからこそ出来なかった悔いが、彼らの心をより熱くした。そういう事もあるのだとすぐに結果が出なかった事でへこんでいた私の肩をたたき、なぐさめられた気がした。

私にとってもこのことはいい勉強をさせてもらった。今の子は冷めているとよく言われるがそんなことはなかった。〝今のままの自分じゃいやだ!″と思う熱い心が彼らにはあったことに感動した。そうだよね、私達には話せる口があり想いを伝える言葉という道具がある。心に思った事、うれしかった事、くやしかった事、悲しかった事…、それを口にしよう。表現することを自分に話そうよ。心を込めて発した言葉に価値のない言葉なんてないのだから。「いちごが好きと皆の前で言って笑われると思ったら言えなかった」とか、みんなは人目を気にしすぎる。

人がどう自分を見るかより大切なのは自分が自分をどう見るか、自分を誇れるかって事だと私は思う。
自分を幸せにしてくれるのは他人からの評価ではない。決してない。
自分を幸せにできるのは自分の事が好きと思える人だけだ。
自分を好きになれる言葉を話そう。自分を好きになれる行動をしよう。
堂々と生き生き輝いている人は人からも好かれる。
でもそれはあくまでもオマケだ。オマケを当てにするのはよそう。

さあ、上を向いて、胸を張って今日一日を過ごそう。
世界にただ一人のあなたという命をプロデュースできるのはあなた自身しかいない。(このコラムは子供さんの机の上に置いておいてください。10代は大人が思っている以上に大変で傷つきやすく純粋な時です。でも生きていれば楽しい事は一杯あるよ。素敵な大人にあなたはなれるのよ)

キャメルンからの手紙

◆キャメルンからの手紙 第17話◆

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

それでも明日はやってくる

同じ人間なのに全然言葉が伝わらない事が時にある。
想いが届かない事が時にある。
必死に想いを言葉に託しても託しても叶わぬ想いが宙ぶらりんのまま浮いている時がある。
人が怖くなる時もある。
誰にも会いたくない日もある。
外からはいつも元気にみられる私だけれど、冬眠するクマのように1人でおこもりしたい時もある。

けれどやはりそんな時でも結局私は想いの力を信じている。言葉の力を信じている。人は善きものだと信じている。同じこの地球に同じ時代に生まれ、出会い、心を寄せたこの奇跡はただの偶然だとは思えない。簡単に終わらせたくない。

友よ。あなたの心にはいま何が映っていますか。そこに何が見えますか。何が正しいとか間違っているとか、人と人との関係は白黒で分けられない。
この世は無常。変わらぬものなど何もない。命も友情も。全ての状況は移り変わり、新しく生まれ変わっていく。世の中で起こる全ての事はその人に必要な事しか起きないと、そう信じて私は生きてきた。だからどんな事も受け入れ前を向いて歩いていこうと思うけれど、時に心がついてこない。過ぎた優しい日々を悼しむ。あの日が恋しいとハートが泣く。もっと強くなりたい。もっと背中をピンとして。

遅れていた桜の花が咲いている。日本人を元気にするそのうすいピンク色の横顔が生きていくことはそういう事だと私にほほえみかける。そうやって前に進むしかないのだと。泣いても笑っても明日はやってくる。私達は皆一日一日年を取り、一日一日終わりの時に近づいている。いい人生だと笑って逝きたいから今ここに全力をかけよう。
何が良かったか悪かったかなんて、きっとその最後の日にならないとわかりはしない。遠回りにみえても、ものすごい不幸に思える事でもあれがあったから今があると笑っていえる事がある。それが人生のダイゴミなのだろうと人生半分すぎてこの頃思う私がいる。

きっと何でもありなのだろうな。人間が思っているよりずっとたくさんの答えがあるのだろうな…。いつもより少し深く息を吸う。明日はいつも新しいと信じて。
若い時は欲しいものがたくさんあった。読みたい本があふれていた。会いたい人が、みたい映画が、着たい服が、飾りたい物が、私の回りにあふれていて、私はそれを手に入れる為に必死になった。そんな時代も必要だったと思う。でも今は、そこを超えて、外から何かを得る事より、自分の中にためたものを自分なりに消化し表現する時がきたと思う。

今、私に欲しい物はなくなった。願うのは安全な空気、子供達が安心して遊べる環境が何より欲しい。今の日本は明日どうなるかわからない中にいる。次に大きな地震が起きたら既に重症を負った原発はもたないだろう。こんな恐怖は味わった事がなかった。まるで映画の中の世界の様だ。でもこれが現実なのだ。過去はもう変えられない。
これからどうするかを真剣に向かい合うしかないのだ。

キャメルンからの手紙

◆キャメルンからの手紙 第16話◆

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

「コインの裏おもてのように…ずっと忘れない」の巻

どんなに仲のよい間柄でも立場が変わるとあっけなくその絆がこわれてしまうことがある。

津波で我が子を失ったママと生き残った子を持つママ…。
3月11日の前まではママ友として仲よかった2人が口も聞けない関係になった。
家が流されてしまった人と残っている人たちの溝も深まるばかりだという。
悲しく難しい問題だ。どちらの立場も辛いと思う。

友達の子の無事を喜びながら我が子のいない辛さが胸にきて外に出れないママ。
我が子の無事にほっとしつつ、友達の悲しみを思い声もかけられないママ。
あの大地震はこんな風にずっと長引く重い問題をも引き起こしたのだ。今こそ共に手を取り合い支えあってがんばりたいだろうに。心がそれを許さない。

家を失くした知人が言っていた。
「自衛隊が来る前に、家を流された私たちにおにぎりを作ってくれ寒さから守ってくれたのは家が残った人たち。ありがたかった」と。
けれど時が経つにつれ、そう思えなくなる人もいる。募るストレスに心のゆとりはなくなり、誰もそれを責めることは出来ない。

昨年「それでも生きていく」というドラマがあった。殺人事件の加害者家族と被害者家族の心の内を描いたものだった。どちらも同じ辛く苦しい日々を送ってきていた。
それはまるで1つのコインの裏表ようにみえる。1つの出来事なのにみる方向で全く違ったものになってしまう。心を癒すことは簡単ではあるまい。長い月日がいるだろう。たくさんの葛藤があるだろう。それでもいつか、同じあの3・11を背負った者として、子どもの事で気まずくなったママたちが前のように一緒にお茶が飲める日が来たらいいなと願う。それはきっと天使になったその子が望んでいることに違いないから。

人間の心は複雑で繊細で壊れやすい。一度壊れた心は元通りにはならないかもしれない。子どもを亡くした慟哭の悲しみは時が経ってもずっとそのママの中に残るだろう。けれど人は…〝それでも生きていく″のだから。生きていかなくてはならないのだから。
だからといって私にかけられる言葉なんて1つもないと思いつつ、又ペンを持ってしまった。
せめてどうか今夜あのママがゆっくりと眠れますように、と祈る。
想っています。想っています。
想うことしか出来ないけれど、やれる事は小さいけれど。ずっと想っています。同じママとして。当人にしかわからない悲しみだと思うけれど、もう抱けない我が子を思う事がどんなに痛いか想像は出来ます。慰めの言葉も思いつかないし簡単に慰めなんて言ってはいけないと思う。でもずっと忘れない。これは東北だけの痛みにしてはいけないから。みんなでこの重荷を背負わなくては。そしたらきっと奇跡が起こる。信じられないくらい優しいあたたかな国としてこの日本は生まれ変わる。
その奇跡を起こすのは、そう、あなたなのだ。その手を伸ばして、その声をあげて。
今、あなたが歴史を変えるのだ。

キャメルンからの手紙 第16話

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◆キャメルンからの手紙 第15話◆

文章:空羽(くう)ファティマ イラスト:ナイル&Meg

「違いを楽しみ 違いを遊ぼう」の巻

"日本人は個性がない、もっと個人、個人の個性を育てよう"という事を聞くが
"これでは個性なんて育たないだろうなあ"と思う事がよくある。

小2の娘が学校で使う○○バックセットのカタログをもらってきた。そこにはラメやハートマークやお花がこれでもかという位ド派手な色でガシャガシャに描かれているバックばかりが載っていた。
なんというか…それがヒドイのだ。
品とかセンスとか色のバランスとかまるでそこには感じられなくて…。でも子供達はその中から選ぶしかない。40個近くもあるバックなのにである。中には無地のもあったが小2の女の子が黒の無地なんて選ぶわけもない。
たかがバックと思うかもしれないが、これから6年生まで使うものだからやはり何を着るかとか何を持つかはとても大事だと思う。
もちろんそれは子供だけに限った事ではなくて、どんな色の組み合わせの服を着るか、どんな柄のバックを持つかでその子のセンスが変ってくる。センスは生き方に直結する。ネットでも調べてみたが同じようなものしかない。子供はキラキラしたラメやハートやお花やキャラクターがたくさんあればそれで喜ぶなんて大人の押しつけだと思う。

子供がセロリやピーマンの匂いを嫌がったり苦いからイヤだというのは、大人よりデリケートな味覚を持っているからだそうで、大人になっていろいろな物を食べられるようになるのは味がわかるようになったから、ではなくて、そこまで敏感に反応しなくなったから、らしい。
だったら色についてもデザインについてももっと品のある物を選ぶ自由を与えたい。赤ちゃんの服はかわいい服がたくさんあるのに小学生になると売っている物はほとんど同じテイスト…。ハートとラメと音譜とわけのわからない英字のデザインばかりを見かける。
きっと他のものを着せたいと思うママもいるだろうけれどなかなかみつからないのだ。だから私はシンプルなデザインの服を選び、そこにアクリルペンで絵をかいたりボタンをつけたり刺繍をしたり布を縫いつけたりして、世界で1枚のオリジナルブランドの服にしている。ボタン1つでもいいのだ。そこにママのハートが宿る。
昔、母達は戦争に行く息子の無事を祈って千人針を縫ったという。そんな気持ちで私も娘が"今日も無事に過ごせるように"と祈りを込めて楽しみながら服に刺繍やら絵を描いている。
時には娘と一緒に作りもする。2人でくつを右と左と一足づつアクリルペンで絵を描いた。アクリルペンは洗っても落ちないしチュ―ブごと描けるので手軽でおすすめだ。手芸店で売っている。

せっかく1人ひとり違う命の色を持った子供達なのだ。それぞれの個性を思う存分生かし楽しめる人生にしてあげたいと思う。"みんなちがって、みんないい"と金子みすずさんも言っている。そう。違うことこそが個性であり味になる。

違いを楽しみ違いを遊ぼう。あなたのお子さんは〝みんなの中の1人″じゃない。

キャメルンからの手紙 第15話


◆キャメルンからの手紙 第14話◆

文章:空羽(くう)ファティマ イラスト:ナイル&Meg

「カバのお嫁さん」の巻

8才の娘Nのへ理屈には毎回口をあんぐりさせられる。

今朝のやりとり…。「日焼け止めを塗っているから動かないで」『へーじゃあママは1日ずっと動かないで立っていられるんだねっ!』
Nは朝の眠い時は気げんが悪いのだ。でも眠いのによく頭を回して言い返してくるなと思う。「バカみたいな事いわないで」『バカって言うとカバとケッコンするんだからね!』「わかった。じゃあママは明日カバのお嫁さんになる」『…やっぱり、ヤダ!』 …ワラエル… 大人側にゆとりさえあれば子供とのケンカはおもしろい。
そうかと思えば急にかわいい子に変身して『あっ!忘れ物―!ママとぎゅうしてなかった!』なんて言って出かけたはずなのに走って戻ってきて抱きつく。ギャング姫に振り回されっぱなしの日々である。

でもこうしてなまいきを言ったり反抗したり甘えたりしながら、人とのつきあい方やその距離感を学んでいくのだろう。人と付き合えば痛い事も時には起きる。でも人を信じられる強さを持ち続けてほしいと思う。

そして帰宅したNが言った。『うわばきがキツイ。』ついこの間買ったのに大きくなっているんだなあ。あわてて通気性が市販のものより良くクッション性もある通販にTELすると届くまで一週間もかかるらしい!きついくつはかわいそうだと思い何軒かくつ屋を回りその中で良さそうなものを買う。すると今度は大きいと言うので中敷きを敷く。名前はアクリルペンでカラフルに書いた方がかわいい。みんな同じ形の白いくつだから少しでも個性を出せるからね。

翌日は突風と大雨だった。傘があおられ道路に転んだら危ないと思い車で迎えに行く。びしょびしょになりながら待っていた私に奴は言った。『やっぱり前のうわばきで大丈夫だったぁ』「信じられないっ!!」こんな事は日常茶飯事だ。「だいたいもう少しママに感謝した方がいいんじゃない?!何でもやってもらって当たり前だと思わず、ありがとうの心がない人間はダメだと思うよ。こんなにぬれてお迎えに来たママに感謝してるわけ?!」『だったらママもレインコートきてくればいいじゃん』
あー言えばこう言う…。これも1つの成長の証なのだろうけど。甘やかせすぎとか、もっと親のイゲンを示さないといかんと思う方もいるだろう。
けれどイゲンというものはわざわざ示さなくても大人自身が自分に誇れる生き方をしていたら子供はちゃんとみていると思う。私が東北へのチャリティ朗読会をがんばっている姿や、Nの為に服を作ったりうわばき探し回ったりしてる姿をNなりに感じていてくれていると信じている。親バカと言われても親バカでないとこんなギャングを愛せない。
しばらくしてNが私に手紙をもってきた。〝大すきだよママ、いつもありがとう。いつもおしょうがつ、ハロウィン、いろいろよういをしてくれるね。ママはマッサージ、本をしゅつぴん(出版)していそがしいけどえらいね。パパはとこやさんしてるよね。みんないそがしいけどがんばって楽しそうにしていていいね″
…ね?子供はちゃんとみている。

キャメルンからの手紙 第14話


◆キャメルンからの手紙 第13話◆

文章:空羽(くう)ファティマ イラスト:ナイル&Meg

「初めての ごちそう」の巻

娘N(8)がもう1人の親代わりのメグに1年の終わりに、近くにオープンしたうどんやにごちそうするといってでかけていった。
兄弟の様なつきあいのSもつれて「3人分Nが払うからおさいふ持ってこなくてイーヨ!」と得意顔で、クマちゃんのおさいふにコインをたくさんつめて出かけて行った。

そのうどんやは各自好きなものをトレーにのせて順番に会計を待つ方式。
N達の番になった。「3人分払います!」と元気に言うN。
「1380円です」と言われ、えっ…100円玉がいくついるんだっけ…とケンメイに払おうとしていたが、しばらくしてNは言った。「やっぱりNのおうどん1つだけで…」。はじめはごちそうしてくれるつもりだったけどイザ払おうとしたら、どんどんおさいふからお金が減るのを見てさみしくなって結局自分の分だけ払うことにしたのだろうなぁ。でもごちそうしようとしてくれた気持ちだけでうれしいよとメグは苦笑しつつ残りのお金を払った。
という話をあとから聞いた私が寝る前にNともう一度その話をした。本人の言葉でその様子を聞きたかったからだ。そして今どう思っているかを聞きたかった。すると新たな事実がわかったのだ!Nがお金を払わなかったのは、お金が惜しくなったからではなくて、あまりに多い金額だったのでどうに払っていいかわからなくなってしまって、後ろには人が待っているし早く払わなくちゃ!とあせってしまって結局自分の分だけなら簡単に払えると思っておうどん1人分だけを払ったのだそうだ。なーんだぁ。そうだったんだぁ。そうだったのぉ…じゃあ大人が考えてたのとは全く違う理由がNなりにはあったのだなぁ…よかった。それを分かってあげられて…。「お金がなくなるのが惜しくて払わなかったのではなく払い方がわからなかったんだね…。」「うん。むずかしくてなって困っちやったから…。」
「そうだったのぉ…」というわけでメグとその夫のウーパの2人にNはもらったお年玉でパスタ代3000円を年明けにごちそうしたのだった。2人によろこばれてNもうれしそうだった。その後買い物に行くというウーパがメグにお金もらおうとしているのをみたNはクマのおさいふごとウーパに差し出した。ウーパはいたく感動していた。

子供って大人が思っている事と全くちがう動機や気持ちで動いていたりする事がよくある。だから大人がきっとこうにちがいないと決めつけずに、子供の言葉でなにかあったら、その時のことをゆっくり注意深く聞いてあげる事が必要だとこのおうどん事件で思った。たいてい、子どもは大人が思っている何倍も優しくて心が広いものだ。勝手にNがお金がなくなることをさみしいから払わなかったと決めつけてしまった事を反省しつつ、クマちゃんのおさいふ丸ごと差し出せるNを誇りに思いそのふとっぱらな優しさに胸きゅんしたママでした。えらいぞ!Nちゃん!!

キャメルンからの手紙 第13話


◆キャメルンからの手紙 第12話◆

文章:空羽(くう)ファティマ イラスト:ナイル&Meg

好評ダメママシリーズ 「持久走大会の悲劇」の巻

子供ってヤツはすごく図に乗った生意気な言葉を全く遠慮せずに言い放つモンスターだ。
8才の娘Nは特に眠い朝は機嫌が悪い。とても素直でかわいい子の時もあるがヤンキーの様な悪目をしてにらんだりもする。
今日はNが前から気合いをいれていた持久走の日だった。前夜も「もうやめなさい」と言っても汗ダクになりながら部屋の中を練習だとダッシュしまくっていたし。私もビデオを持って応援に行くつもりで張り切っていたのに、朝でがけにささいな事で(何だったか忘れた)ケンカになり、つねられ蹴飛ばされてむかついた私は「もう応援に行かないっ!」と言った。
「そんなこと言わないでママ来て」と言ってくれば許せたけど、動じずにしらっとして「いいもん!」と言われたので大人気ないと思いつつ 大人だからって何でも子供を許すと思ったら大間違いだからね!本当に今度という今度はママの本気をみせてやる!絶対に行かない!! と思った。
そしていつもは私が塗ってあげる日焼け止めをNが自分で塗って、鼻の横が塗れていない様子を見てつい手を出したくなる気持ちを必死に押さえた。
ほっとこう!こんななまいきっ子!そんなにエラソーに威張るなら自分で何でもやればいい! と思った。うんちの後せっけんで手を洗うことすら何度注意しても出来ないくせになまいき言うな!結局、今更私から「やっぱりママ応援行くよ」なんて理性を保った立派なママの発言はしたくもないし、出来ないままパパにかばわれてNはパパと出かけていった。クーッ!1人になって私は泣けてきた。
応援に本当は行ってやりたい。でもあんなひどい事されて行きたくない。私は大人気ないダメなママだ。でも仕方ないじゃん!?びぇーと泣きながら友人Megに電話していいつけた。そしてふと我に帰って思った。この行為はいつもNがママとパパに怒られるとMegに助けを求めて電話する行為と同じじゃないか…。情けない…。でも自分を受け入れ話を聞いてくれる存在は大人にとっても必要だ。「だからね、私は行けないから行ってビデオ撮ってきてー!」とMegに頼んだら急にスッキリした。  
大人なら理性を持って子供を許すべき と自制していた気持ちを捨て、行かないぞ!と宣言したら気がすんで、この寒い北風の中を走るNを応援しようという気持ちに切り替わった。そこで愛犬ポロンをバッグに入れ、「この子が応援したいっていうから」と憎き理性ぶってるパパに言い訳して応援に行き、他のどんなママより大きな声で応援しNの名を呼び、しかも一緒に走りもしてしまった。ついでに他の子の応援までした。あー、でも結局あんなに行かないって言い切っていたクセに行ってしまった…。「やっぱりママったら来たし!」ってNは思っだろうな。チェッ!クソォォ!あーあー!!バカみたいだ。私って…。
その後、朝から泣いて怒って叫んで走ってハラ減った私は、お疲れ様ランチにMegと友人と行った。こうやって自分をヨシヨシしながらでないとキビシイママ業は、務まりましぇーん。あ~おいしかった(ハァト)

キャメルンからの手紙 第12話


◆キャメルンからの手紙 第11話◆

文章:空羽(く・う)ファティマ 切り絵:海扉(かい・と)アラジン

「子育ては自分との戦いなのだぁ」の巻

私は8歳の娘によくあやまっている。はじめは娘の為に良かれと思いやった行為がいつの間にか自己満足の行為になってしまっている時だ。
例えばハロインのパーティに行く娘の髪や衣装をかわいこ魔女にいろいろ工夫して飾った時。娘が楽しめるように、娘が喜ぶ為にやっていた私なのに、なんでも集中して本気になってしまう私はどうやったらもっと素敵にかわいくなるかに熱中して、「ねえ、ママ、この飾りはどこに使うの?」とか聞く娘に「ごめん。ちょっとだまってて。ママ、真剣に今考えてるから」と言ってしまい、言ってから反省してあやまった。
娘と一緒に楽しくしたいはずが、いかに素敵な魔女にするか、の方に集点が当たってしまい1人突っ走ってしまった自分。本当は他のママだって子供を怒りたくないのだと思う。仲良く笑って過ごしたいと皆思っているはずだ。でも真剣にこうすべき、とかこうなってほしいって思ってしまうマジメなママ程本末転倒な事をやってしまうのだと思う。
人間は不完全な者だし夢中になるとそうなってしまうのだ。だって、いろいろちゃんと食べて健康な体になってほしいし、人によってこういう子に育って欲しいという形はちがうだろうけど、そのママがその子の為に必死に考えた事をさせようとするのだろうから。
よくわかる。はい。よ─くわかります!私は1番大切にしてるのは健康面です。玄米食べさせるとか、いいお水飲ませるとか。あとは安全面…。シートベルトを必ずつけるとかとかね。だからそれを娘がしない時はものすごく心配で、ものすごく悲しくて怒ってしまう。でもその時にきちんと言葉にして子供に伝えるべき事は、あなたが嫌いだから今ママは怒っているのではなく、「あなたが大好きでとっても大事だから怒っちゃたの!」という事を忘れない事だ。そうでないと子供も悲しくなってしまう。ママに嫌われたと思ってしまう。特にはじめての子なら親も同じ新米同志だから。怒ってしまうことを反省して自分を責めるママは多い。でも怒っちゃうのは仕方ないのだ。その後のフォローをすればいいと私は思う。どうかあんまり自分にきびしくしすぎないでね。怒るのはその子が大切だからです。
でもしつけと虐待の区別だけはして下さい。暴力はしつけではありません。しつけは親が冷静であってはじめてできるものです。暴力は親の感情コントロ―ルができない時ぶったりしてしまうものです。自分を冷静に見る目を持つ事、あやまる時はあやまり、まっいっか!と自分を許す時は許す。そういうもう1人の自分を見る事が育児においては何より大切なものかもしれません。
…と書いてると娘がききわけない事をぐずっているので「もしこれが短気なママなら、けとばすよ。」と言ってみたら「ママったら、まちがえてるっし!けっとばすって言うんだよ。ちっちやい○を忘れてるし!」とにらまれた。小さい○はいらないですよね!

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